かつて当社の会長が若い頃、いくら紙を漉いても経済的に豊かになれない時代があった。そんな時代に、将来、紙屋を継いでいく若い人達のことを考え、勉強の資料として、こつこつと蒐集した物があった。そのひとつに、遥かむかし天平時代の経がある。

天平時代の経ある雑誌で当時の写経生の844名の氏名が記されている文献があるのを知った。
写経生は一日中正座し、決められた枚数を黙々と書き写す。字を間違うと罰金を科される。それでも彼らは試験によって見事合格したエリート集団。
白木造りの写経所で寝泊りし浄衣を着、簡素な食事で暮らしたという。
当時、仏教を支えとし新しい国家を造ろうとする天皇の決断とその思いを受け取り国の礎とならんとする写経生の心意気。新しい日本を夢見て一丸となって従事した証がこの1200年前の経片。

この経を見るたびに写経生の、規則正しい筆の運びや息づかいを感じる。
生き生きとした文字。黒々した墨の鮮やかさにも驚く。

わずか5行の経片の前に立つと自分が小さく思われ、自然と手を合わせて拝んでしまう。