福果善根
(紙のサイズ―56cm×75cm 紙の素材―パルプ他)
その絵はインドで生まれた。
バングラデシュとネパールに挟まれたビハール州。古くから文化の栄えた有名な所であるが、暮らしの貧しい厳しい所であった。
そこの女性達が昔から家の壁や床に沢山の手描きの多彩色の絵を描いており、彼女達にはヒンドゥー教の神話や伝承をもとに何千年も前から母から子に受け継いできた伝統があった。


古代から壁画には人が願いや祈りをこめて身近な所に描いた歴史がある。
インド独特の過酷な自然環境に対して土地が肥沃で作物が良く取れるよう、子宝に恵まれ、争いのない穏やかな暮らしが出来るようにと願い、又、祭礼や儀式があると無論のこと彼女達はひたすら描き続けた。壁画は牛糞を使って下地を塗り、あとは完全に乾かないうちに自然の顔料で色を足しているらしい。

そして壁画が次第に紙に書き写され、ほかの人々の目に触れるようになった。これには、いきさつがある。74年前の地震が起った時の事。被害の状況を視察に来た関係者がそこで見事な壁画を目の当たりにして驚いた。そしてその後、女性達に少しでも経済的に潤うことが出来るようにと、伝統的な壁画の図柄を紙に描きそれを売って自立を促したと聞いている。

インドという民族の多様性、社会構造の複雑さの中で教育を受けていない貧しい人達がこの様な絵が描けるのは、なんと言っても篤い信仰が備わっていたからで、女性達にとっては描くことは深く静かに思いをめぐらすことと同じではないかと思う。 心の中にインドの風土や自然の命の恵みからくるものがきちんと用意されて、目に見えるものだけに捕らわれず奥にあるものまで描いていく。明るい色、大胆で画面いっぱいの絵。のびやかでおおらかな背景、抽象化された人達。あどけなさまで感じる絵。そしてどんなものにも媚びない絵。

以前オーストラリアの先住民族の女性でエミール・ウングワレーの絵をテレビで見たことがある。彼女に脈々とながれる祖先からの伝承と神話の世界が、彼女の手から溢れ出しひとつの絵になっていたのを思い出した。今回のインドの絵はそれと重なって見え、深い不思議なつながりを強く感じた。