紙腔琴は、明治時代半ばに作られた日本の楽器で紙風琴とも言われている。これを発明した戸田欽堂と言う人が手回しオルガンを参考にしたらしいので、紙腔琴は外国のストリートオルガンの仲間と言ったほうが解り易いかも知れない。ちなみにオルガンは風琴、ピアノは洋琴と言われていた。ハンドルを回すと箱の中のふいごから空気が送り込まれ、穴のあいた長い楽譜と重なって音が出る構造となっている。さらに中央にはハーモニカのような穴が9個あり、その中にリード(弁)もついて、それと空気と楽譜の穴で絶妙に曲を奏でる事が出来る。

紙腔琴の音色は?と言うと
足踏みオルガンの音色のようで、のどかな音が遠い昔の懐かしい思い出に引かれていく気がする。それにはハンドルの手さばきひとつで曲のテンポが決められてしまうのも関係があるかもしれない。そして紙腔琴の説明書には『この楽器の鳴る原理は破れ障子に風が強く当り一種の妙音を発する事にヒントを得て作った』と書いてあるそうだ。なんとうまいいい表し方と感心した。
 小林一茶の『秋の夜や障子の穴が笛を吹く』の句があるのを知った。静かな暮らしの中で聞いた破れ障子の音色。風も障子も音を出そうとしていないのに両方が出会った時鳴った。そして戸田欽堂も小林一茶もその音色を聞いて一人は楽器を、もう一人は句を作った。
さて、楽譜はなんと端唄のかっぽれとか長唄の娘道成寺である。紙腔琴は西洋の楽器の技芸を取り入れて作られたモダンな楽器だったにもかかわらず、これでは釣り合いが取れない。西洋と東洋のミスマッチではないか。一瞬首をかしげた。
だが、明治は開国して国を挙げて西洋の文化を貪欲に吸収した時代。それでいて意外と日本人の心のどこかに江戸時代の名残があった。と考えれば現代風に和モダンと言う事になる。と妙に納得してしまった。
紙腔琴の大きさは、縦30センチ横25センチ高さ15センチ。意外と軽く漆塗の箱で蒔絵の草花の文様がところどころ彩られている。蓄音機が登場するとやがて消えてしまう運命だったこの楽器をじっと見つめていると不思議に時代背景や日本人の気質が頭に浮かんできてノスタルジックな気持ちになってしまった。今度の展示替えには紙腔琴を音の玉手箱と名づけて展示をしようと思った。