展示品を身近に眺めていると、だんだんと物の向こうに見えて来るものがある。それは名もない職人であったり、歴史であったり、その国の風土や民族性であったりする。それらが全体の背景となって物語が生まれて来る。と、しみじみ思うようになった。今回は異国の風景を思い浮かべながら紹介したい。
グレゴリオ聖歌の楽譜にネウマ譜がある。ネウマの由来は、合図・身振りなどを表すギリシャ語からきている。その語源どおりメロディの動きが目で見えるよう、線上に四角の音符の記号を書き表す。現在の音符の原型とでも言おうか。それ以前の音楽は口頭で伝えられていて楽譜が作られた事で正確な音が伝えられるようになった。当時(およそ9世紀頃) それを書き写す事が出来たのは聖職者に限られていた。その特殊な階級の人達にこの音楽はささえられたのである。
(サイズ 54.5×39p)
また、この楽譜の素材は獣皮。獣皮の毛を抜き石灰で脱脂してから皮を木枠にピンと貼りつけ乾燥させて作った物だ。小アジアのベルガモンで、紀元前2世紀にすでに存在していたという。当時、パピルスに比べ高価だったが、堅牢さと美しさに優れ、また表裏の両面に書くことが出来る便利さもあって、紙が普及するまでの間ヨーロッパで使われていくようになった。植物の繊維を水中でからませてシート状にした紙とは本質的に異なるが、書写材料の仲間の一つとして考えられる。
その皮紙と譜が調和して楽譜が出来た。
優しい色の皮紙に赤い線(赤い色は愛を表す)と黒の四角の譜。一つ一つ丁寧に書き写されたラテン語。インクと皮紙が時を経てよく馴染み、味わい深くなって心が和むのを覚える。目を閉じると中世ヨーロッパの教会や修道院が浮ぶ。静かなたたずまいの中で高い天窓から光が射し込んで歌声だけが響いてくる。
単調な旋律だが清楚な歌声にそよそよとした風を感じる。
天上への憧れと祈りに生きたその時代の人々の想いが魂の声楽になった。